Source: Patagonia, Inc. Blog

Patagonia, Inc. Blog 車輪が山と海を繋ぐ

世界の辺境地を旅してきた松本潤一郎は1200年前から存在する西伊豆の古道を国内有数のMTBトレイルへと再生した。切り出した広葉樹の薪は、山から海まで地域を繋いでいく。 これまで僕は、MTB(マウンテンバイク)が盛んな国の中でも、特に「聖地」や「デスティネーション」と呼ばれる地のトレイルを走ってきた。北半球はカナダ西海岸のウィスラーやノースバンクーバー、南半球はニュージーランドのクイーンズタウンやロトルアまで。世界中からMTBライダーを惹きつけてやまない街だ。それらの地域に広がるトレイルは、MTBで楽しむために新規で作られたものばかり。当然ながら、疾走感、G(加速度)、風景など、日本ではなかなかない雄大な地形を目いっぱいに使ったライドを楽しめる。それでも、それらトレイルの歴史は長くても40年と浅い。これはMTBが1970年代後半に誕生したとされる乗り物だからだ。 2013年、トレイル整備のために西伊豆を初めて訪れた。そこには1200年前からあったとされる山道が網目のように広がっていた。鎌倉時代から数百年にわたり、山中で伐採した広葉樹を炭焼きし、ソリに載せて馬で麓まで引きずり下ろしては当時の江戸に出荷していた西伊豆。人、馬、ソリの往来によって数メートル削られた山道は、落ち葉や倒木で埋もれ、廃道と化していた。枯れ葉らを掻き出すと、そこにはトレイルが延びていた。「このウォールでターンして、反対側のウォールまで上がってあの立ち木の裏を通り、下りたら今度はあの段差をきっかけにジャンプして、あそこに着地…」。そんな想像が次々と湧いてくる。地形に「さあ、どんなラインを描いてもらおうか」と挑まれている気がして、ワクワクが止まらなくなった。カナダの4シーズンにわたるMTB武者修行で磨いたスキルと、国内トレイルで高めたラインを見つける能力を武器に、いざペダルを漕ぎ出した。 MTBで走るのにちょうど良い、あるいはときに挑戦的なセクションが次々に現れる。遠心力を全身で感じながらウォールに張り付いて曲がっていけるコーナー、飛んで浮遊感を味わうもよし、飛ばずにGを感じるもよしの縦方向にうねる地形、忙しなくターンが続くスイッチバック、そして疾走感抜群の高速ストレート。どれもMTBのために作られたわけではないのに、まるで専用に設計されたトレイルかのよう。少なくとも数百年前から存在していた山道を現代のMTBで走ると最高に楽しいのはどういうことか。不思議でたまらないと同時に、違うラインを選べばよかったとも思うようになった。 「少し手前でターンしてあのウォールを登った方が、下りるときに地形のうねりをより感じられたな。いや、まだ誰も走ってなさそうな、あの切り株の上を通っても良かったかもしれない」。 走っている最中は手足だけでなく目や頭もフルに働かせながら、敏感に地形の細かな変化を捉えてラインを選び、繋いでいく。通り過ぎた地形など考える必要はない中で、視界の片隅に映った地形がより楽しそうに思えてくるのだ。「次はあっちのラインを試してみよう」。西伊豆のトレイルは、走りながら次回、そのまた次回のためのラインハントを繰り返せる。速さやスリルだけでない、ラインの独創性という僕が大切にしているMTBの魅力を秘めた地形なのだ。 このとき出会ったのが、YAMABUSHI TRAIL TOUR 代表の松本潤一郎さん。まだツアーを始める前だった。松本さんは横浜市の出身。海外を頻繁に旅していた父親の土産話に影響を受け、中学2年生から電車やヒッチハイクで国内を旅し始める。周りが受験勉強一色となる中、授業に出る代わりに図書室に通っては紀行文を読み漁ったという。通信高校に通い始めてから20代半ばまで、南米、アジア、中東を何度も訪れた。しかし、旅の資金を稼ぐためだけの帰国が無駄に思うようになり、旅先で職を得られるよう、25歳の時に日本食の料理人を目指す。働くならなるべく自然豊かな地ということで、過去にオフロードバイクで訪れた西伊豆を選んだ。 旅館に住み込みで働く中、南米でマグロ釣りをしていた元漁師と知り合った。何度も訪れた地球の反対側の地に詳しい人物が目の前にいた。彼から西伊豆の古道について聞かされ、古道という響きに歴史や歩き旅好きな心がときめいた。調べると、西伊豆の古道は過去に歩いたインカなどの山道よりも古くから存在することがわかり、ますます惹きつけられた。 明治時代に作成された地図を手に入れ、人の背丈よりも深く削られてハーフパイプ状になった古道を歩き回る松本さんに、ある人力の乗り物が思い浮かぶ。「MTBで走ったら面白そう」。MTBの経験があったわけではなかったが、この地形は人力の乗り物に向いていると直感した。 「西伊豆の山に眠るこの古道を再生すれば、MTBツアーを始められる」。そこで地元の森林整備のチームに入り、森林法や土地交渉の運び方などを学んだ。ここでの体験が、一部の私有地との契約締結や利用許可を得るのに役立った。こうして、現代に息を吹き返した古道をMTBで走るYAMABUSHI TRAIL TOURを設立。平日に山森と古道を整備し、週末にツアーを行いながら、ルートを計7本、総距離40kmにまで増やしていった。時を同じくして、伐採した広葉樹を地元の鰹節屋に売り、薪として使ってもらうビジネスも始めた。同地域での薪の供給が林業従事者の高齢化などで衰退しかかっていたのだ。 MTBツアーは国内各地に存在する。しかし、YAMABUSHI TRAIL TOURの最大の特色は、ライダーがライダーのために興したわけではないということ。本来ならそれが至って自然な始まりとなるが、松本さんはMTBを数あるアウトドアアクティビティのうちの一つと位置づける。そのため、ツアーで使うトレイルはジャンプなどの人工的なセクションで埋め尽くされたいわゆるコースではなく、傷んだ部位の補修や侵食を防ぐ予防整備のみを行ったものだ。壊れたら直す体制が整っていて、いわゆるトレイルマナーにも寛大なので、先述の地形を使ったラインチョイスを目一杯楽しめる。MTB専用トレイルではないものの適切な許可を得ているため、後腐れなくライドを自由に楽しめるのは嬉しい限りである。 古道の再生では倒木の処理をはじめ、広葉樹の伐採が欠かせない。伐採すると、太陽光が地面まで届いて下草が育つようになる。そこにネズミやウサギが住み着き、それらを捕食する猛禽類も増え、生態系が変わる。雨が降ると、山の土が海に流れ出し、その栄養分を求めてプランクトンが集まり、それを餌にする魚が寄ってくる。そんな山と海の関係性を学んだ松本さんの頭に、こんなアイデアが浮かんだ。 「シーカヤックに乗って魚を釣り、MTBのための古道再生で伐採した薪で調理すれば、山と海の循環を意識できるツアーになるのでは? 日帰りではすべてを楽しみきれないから、泊まれる場所もあった方がいい。それなら自分たちで宿を経営し、切り出した薪をウッドボイラーの燃料として、宿の暖房や調理にも使るようにしよう。薪を燃やした灰を農家に提供すれば、畑の土壌改良剤として使ってもらえるな」 西伊豆は高齢化や跡継ぎ不足から、宿泊施設の数がここ10年で半減。それならば、と廃館した宿をスタッフと共にリノベーションした。宿泊できれば、MTBツアーの翌日に観光や他のアクティビティも楽しめるようになる。自らの手で伐採した広葉樹は、不揃いなため建材として使えない。そこで挽いて板にし、内壁に打ち付けて森の一様でない景色を屋内に再現し、西伊豆が誇る山から海までのアクティビティを楽しめる拠点に変身させた。時を同じくして、伐採した広葉樹を地元の鰹節屋に売り、薪として使ってもらうビジネスも始めた。同地域での薪の供給が林業従事者の高齢化などにより、衰退しかかっていたのだ。 年内には薪火料理のレストランをオープンさせる予定だ。薪火料理を選んだのは、宿に導入してノウハウが蓄積していたのと、過去に旅した南米やヒマラヤで食する機会が多かったためだ。森林を所有し、伐採を行うレストランや、薪を熱エネルギーとして調理に使うレストランはあるが、アクティビティを展開したり、調理以外の再利用法まで考えたりしているところはない。松本さんはそれらすべてを組み合わせ、唯一の立ち位置を見出した。 「一つのことしかやらない、目を向けないというのはもったいない。旅をしたことがない観光産業従事者が多いと感じています。海外を旅して自分の立ち位置を変えないと、視点が固まったままになってしまうと思います。自分たちが率先して長期の休みを取り、旅行者として観光を体感して初めて、自らサービスできるようになるはずです」 存分に旅をし、これからも旅人であり続ける松本さんならではの言葉が頼もしい。では、まだまだ眠る古道を今後も掘り起こし、ツアーで使うルートをどんどん増やしていくのだろうか。核となるトレイルツアーの展望を聞いたところ、意外な答えが返ってきた。 「古道を再生してルートを新たにオープンさせたら、同距離の既存のルートを使わないようにしていきます。現在のルートの規模が整備の労力やコスト面でちょうど良く、自分たちで管理できる範囲内に留めておきたいからです」。 一般的に、トレイルツアーはルートのバリエーションが多ければ多いほど良しとされる中で、この方針は新鮮に感じられる。まだまだ膨大な長さの古道がひっそりと落ち葉に埋もれて眠っているのは言うまでもない。また、歴史豊かな古道は外国人マウンテンバイカーの興味も引くそうで、トレイルツアー利用客の促進を図るべく、海外への情報発信にも力を入れている。 「田舎に居ながらにして世界と繋がれるのは面白いので、もっと海外からのトレイルツアー利用客を増やしたいですね」 MTB、カヤック、宿泊施設、レストラン、事業を手広く展開する松本さんを突き動かす原動力は、これらが自分の住む街にあった方が良いという純粋な気持ちから生まれている。深く考えすぎずに、目の前の理想を追い求めていく。すると、また何かと結びつき、さらなる循環が生まれるのだ。 そこには、彼だけに見えているラインがある。 The post 車輪が山と海を繋ぐ appeared first on Patagonia Stories.

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Yvon Chouinard's photo - Founder of Patagonia, Inc.

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Yvon Chouinard

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